緑に癒されない日々。
花を育てれば咲かせたい。木を育てるなら立派にしたい。買うなら安く売るなら高くと人の欲は尽きなくて植物と向き合う業はかくも深い。
黒くて大きくてすごい方々。
東京国立博物館で開催の
「平城遷都1300年記念 国宝 薬師寺展」に行って来た。
入場券はかなり早い段階で手に入れていたものの,
平日昼間で2時間待ちという話に怖気ずいて
ずるずると先延ばしにしていたのだが,
そのうちに展覧会終了が間近という所まで来てしまったので,
意を決して夜間開館日に夜討ちをかけることにした。
博物館に着いたのが夜の7時少し前だったが
その時点で入場門には30分待ちの掲示があり,
博物館前には普段は滅多に見られないような
行列ができていた。
おまけに日中に行列する入場者を気遣ってのことだろう,
臨時給水所まで設けられている始末で,
これではまるでマラソンコースだ。
菩薩像見たさにこの騒ぎとは,
まったくいつから日本人は
こんなに敬虔な仏教徒になったのだ。
(かくいうわたしも,熱心な仏教徒というわけではないのだが。)
7時の時点で入場まで30分待ちということは
中に入れるのが7時30分,
8時の閉館まで30分しかないではないかと
少々気をもんだのだが,
さすがにそこは博物館も気遣ってくれて,
8時30分まで閉館を延長してくれた。
肝心の展示物,特に目玉の日光・月光菩薩であるが,
こういうものに対して,わたしなどが駄文を連ねても
意味のないことである。
一つだけ書いておきたいのは,
この2体が官営工房の作と言う点である。
今となっては誰とも知れない,名もなき仏師が
俗世の名誉や名声を求めるためではなく,
ひたすら黙々と手を動かして作ったのだろう。
そしてそれは律令国家における
ある種の公共事業と言えるだろう。
ひるがえって我々の時代は,
後世に誇れる何かを生み出しているのだろうか。
文句を言う前に,お前自身が何かを生み出せと?
ごもっとも。
「平城遷都1300年記念 国宝 薬師寺展」に行って来た。
入場券はかなり早い段階で手に入れていたものの,
平日昼間で2時間待ちという話に怖気ずいて
ずるずると先延ばしにしていたのだが,
そのうちに展覧会終了が間近という所まで来てしまったので,
意を決して夜間開館日に夜討ちをかけることにした。
博物館に着いたのが夜の7時少し前だったが
その時点で入場門には30分待ちの掲示があり,
博物館前には普段は滅多に見られないような
行列ができていた。
おまけに日中に行列する入場者を気遣ってのことだろう,
臨時給水所まで設けられている始末で,
これではまるでマラソンコースだ。
菩薩像見たさにこの騒ぎとは,
まったくいつから日本人は
こんなに敬虔な仏教徒になったのだ。
(かくいうわたしも,熱心な仏教徒というわけではないのだが。)
7時の時点で入場まで30分待ちということは
中に入れるのが7時30分,
8時の閉館まで30分しかないではないかと
少々気をもんだのだが,
さすがにそこは博物館も気遣ってくれて,
8時30分まで閉館を延長してくれた。
肝心の展示物,特に目玉の日光・月光菩薩であるが,
こういうものに対して,わたしなどが駄文を連ねても
意味のないことである。
一つだけ書いておきたいのは,
この2体が官営工房の作と言う点である。
今となっては誰とも知れない,名もなき仏師が
俗世の名誉や名声を求めるためではなく,
ひたすら黙々と手を動かして作ったのだろう。
そしてそれは律令国家における
ある種の公共事業と言えるだろう。
ひるがえって我々の時代は,
後世に誇れる何かを生み出しているのだろうか。
文句を言う前に,お前自身が何かを生み出せと?
ごもっとも。
テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル : 学問・文化・芸術
銀座で小堀遠州と出会う
2ヶ月近く前のことだが,松屋銀座で開催の
『小堀遠州 美の出会い展』を見に行った。
小堀遠州とは「綺麗さび」という趣味を確立した大名茶人である。
1月28日のエントリーで
「武家の趣味はわたしの好みと合わない」
というようなことを書いたが,それを読んで
「では遠州の綺麗さびはどうか」と問う人があるかも知れない。
確かに小堀遠州の確立した美の世界は端整で,隙が無く,
洗練の極みというべきものである。
その事に異論は無いのだが,遠州の世界は料理に例えるなら
最高級の素麺かあるいは豆腐づくしの懐石料理のように思えた。
確かにそれは極めて繊細な味覚の世界であるけれど,
始終そればかり食べていては物足りなくなる。
わたしの下衆な趣味はむしろ,
とんこつラーメンやカツ丼のような
分かりやすいボリューム感と脂を恋しがるのだ。
それと,遠州の「綺麗さび」の真価は
利休や織部の好みを理解して初めて
正しく理解できると思うのだが
わたしはそこまで深く茶道を理解してはいない。
ケースの中で取り澄ました遠州好みの道具の数々を見ていると
「あなたにこの世界はまだ理解出来まい。
利休と織部を通過してからいらっしゃい」
と諭されているような気がして,少しいじけてしまうのであった。
《翌日のエントリーにつづく》
『小堀遠州 美の出会い展』を見に行った。
小堀遠州とは「綺麗さび」という趣味を確立した大名茶人である。
1月28日のエントリーで
「武家の趣味はわたしの好みと合わない」
というようなことを書いたが,それを読んで
「では遠州の綺麗さびはどうか」と問う人があるかも知れない。
確かに小堀遠州の確立した美の世界は端整で,隙が無く,
洗練の極みというべきものである。
その事に異論は無いのだが,遠州の世界は料理に例えるなら
最高級の素麺かあるいは豆腐づくしの懐石料理のように思えた。
確かにそれは極めて繊細な味覚の世界であるけれど,
始終そればかり食べていては物足りなくなる。
わたしの下衆な趣味はむしろ,
とんこつラーメンやカツ丼のような
分かりやすいボリューム感と脂を恋しがるのだ。
それと,遠州の「綺麗さび」の真価は
利休や織部の好みを理解して初めて
正しく理解できると思うのだが
わたしはそこまで深く茶道を理解してはいない。
ケースの中で取り澄ました遠州好みの道具の数々を見ていると
「あなたにこの世界はまだ理解出来まい。
利休と織部を通過してからいらっしゃい」
と諭されているような気がして,少しいじけてしまうのであった。
《翌日のエントリーにつづく》
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武家の趣味,公家の趣味
《前日のエントリーからのつづき》
話をもとに戻すが,
番組を見てもっとも印象に残ったのは,
江戸時代の武家の庭は
レベルが明らかに落ちるということだ。
以前購入した
別冊太陽『京・近江・大和の名庭』を読んだ時も
わたしは同じ印象を受けた。
「レベルが落ちる」という表現が適当でないなら
「好みに合わない」と言い換えてもいいが,
武家の庭はどうも茫洋としているというか,
とりとめがないというか,いずれにせよ
わたしは武家の趣味とは合わないようだ。
国立東京博物館の特別展「大徳川展」を見たときも,
豪華な調度に「よく作った(作らせた)ものだ」と
感心はすれども,美しさに胸打たれることはほとんどなかった。
唯一,西洋の甲冑を日本流に仕立て直した冑は
なかなか良いと思ったのだが,
それ以外の将軍の威光を称揚するための
大げさな道具立ての数々を見ているうちに,
そういうもので権威を誇示しようとした将軍様が
段々バカ殿に思えてきた。
やはり江戸文化の精華は浮世絵や歌舞伎に
代表される庶民文化であろうと思う。
尾形光琳も,パトロンは京都の富裕な町衆であったし
伊藤若冲は相国寺の庇護を受けていた。
幕府御用の狩野派が,
天下人の絵師として絶大な権勢を誇る一方,
写生を禁じひたすら手本を書き写す粉本主義の弊害で
技術の伝承と引きかえに創造性を失っていったのと
好対照である。
話をもとに戻すが,
番組を見てもっとも印象に残ったのは,
江戸時代の武家の庭は
レベルが明らかに落ちるということだ。
以前購入した
別冊太陽『京・近江・大和の名庭』を読んだ時も
わたしは同じ印象を受けた。
「レベルが落ちる」という表現が適当でないなら
「好みに合わない」と言い換えてもいいが,
武家の庭はどうも茫洋としているというか,
とりとめがないというか,いずれにせよ
わたしは武家の趣味とは合わないようだ。
国立東京博物館の特別展「大徳川展」を見たときも,
豪華な調度に「よく作った(作らせた)ものだ」と
感心はすれども,美しさに胸打たれることはほとんどなかった。
唯一,西洋の甲冑を日本流に仕立て直した冑は
なかなか良いと思ったのだが,
それ以外の将軍の威光を称揚するための
大げさな道具立ての数々を見ているうちに,
そういうもので権威を誇示しようとした将軍様が
段々バカ殿に思えてきた。
やはり江戸文化の精華は浮世絵や歌舞伎に
代表される庶民文化であろうと思う。
尾形光琳も,パトロンは京都の富裕な町衆であったし
伊藤若冲は相国寺の庇護を受けていた。
幕府御用の狩野派が,
天下人の絵師として絶大な権勢を誇る一方,
写生を禁じひたすら手本を書き写す粉本主義の弊害で
技術の伝承と引きかえに創造性を失っていったのと
好対照である。
富岡鉄斎
昨年の12月,大倉集古館で開催された
「富岡鉄斎展」を見に行った。
日本画壇はながらく彼をアウトサイダーとみなし,
富岡鉄斎も自身を画家と見なすことを嫌った。
1917(大正6)年に帝室技芸員に任命された後も
その姿勢は変わらず,帝展に作品を出品せず,
職業画家と同席することを拒絶し続けたという。
(瀬木慎一『名画の値段―もう一つの日本美術史』
新潮選書)
画壇と権力と日本美術史から遠く離れた画家ほど
芸術性と海外における評価が高い傾向にあるといっても
過言ではあるまい。
伊藤若冲しかり,曽我蕭白しかり,河鍋暁斎しかり,
浮世絵しかりである。
そういう画家の作品が海外で認められると,
自ら打ち捨てていた画家を,
正確には画家扱いすらしていなかった絵描きを,
今度は「世界も認めた」と手のひらを返したように
再評価し始めるのである。
それをわたしは「歪んだ海外コンプレックス」と呼ぶ。
日本では隠居老人の手遊びとしか思われない盆栽も,
海外における評価は日本人の想像を越えてはるかに高い。
その価値判断が日本に逆輸入されて,
日本における盆栽の地位が
もう少し上がらないものかと密かに願っている。
大倉集古館で見た鉄斎の作品の中に,
心に残る漢詩を見つけた。
「寧遘今人罵勿令古哲嗤」
今の人に馬鹿にされたとしても,
いにしえの哲人に笑われないように
しなければならない。
そんな訳が添えられていた気がする。
詩の方はとっさに携帯電話に打ち込んだが,
作品名はうっかり忘れてしまった。
「富岡鉄斎展」を見に行った。
日本画壇はながらく彼をアウトサイダーとみなし,
富岡鉄斎も自身を画家と見なすことを嫌った。
1917(大正6)年に帝室技芸員に任命された後も
その姿勢は変わらず,帝展に作品を出品せず,
職業画家と同席することを拒絶し続けたという。
(瀬木慎一『名画の値段―もう一つの日本美術史』
新潮選書)
画壇と権力と日本美術史から遠く離れた画家ほど
芸術性と海外における評価が高い傾向にあるといっても
過言ではあるまい。
伊藤若冲しかり,曽我蕭白しかり,河鍋暁斎しかり,
浮世絵しかりである。
そういう画家の作品が海外で認められると,
自ら打ち捨てていた画家を,
正確には画家扱いすらしていなかった絵描きを,
今度は「世界も認めた」と手のひらを返したように
再評価し始めるのである。
それをわたしは「歪んだ海外コンプレックス」と呼ぶ。
日本では隠居老人の手遊びとしか思われない盆栽も,
海外における評価は日本人の想像を越えてはるかに高い。
その価値判断が日本に逆輸入されて,
日本における盆栽の地位が
もう少し上がらないものかと密かに願っている。
大倉集古館で見た鉄斎の作品の中に,
心に残る漢詩を見つけた。
「寧遘今人罵勿令古哲嗤」
今の人に馬鹿にされたとしても,
いにしえの哲人に笑われないように
しなければならない。
そんな訳が添えられていた気がする。
詩の方はとっさに携帯電話に打ち込んだが,
作品名はうっかり忘れてしまった。
テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。 - ジャンル : 学問・文化・芸術
ウッドワン美術館のゴッホ
建材メーカーによる耐火・防火建材の性能偽装が
相次いで明らかになっています。
問題の発覚した企業の中に,
広島県の木質建材メーカー・ウッドワンもありました。
ウッドワンと聞いて,何か思い出しませんか?
そうです, 2003(平成15)年にゴッホの《農婦》を
シンワアートオークション主催のオークションで
6600万円で落札したウッドワン美術館の,ウッドワンです。
この絵は中川一政コレクションの中の一枚で,
ご遺族がオークションにかけた際
当初1万円程度とみられていたものが直前にゴッホと判明し,
話題になったものです。
とはいえ1950年ごろ大規模に加筆・修復されたため,
「オリジナルの特徴はほとんど失われており,
ゴッホ特有の筆致は,部分的にのみ認知できる状態」
とのことです。
(http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/
5685/newpage56.html)
この話を聞いたとき,「本気であれに6600万円??」と思いましたが,
全国紙やテレビが会社名と共に連日この話題を取り上げましたから,
宣伝費と考えれば高くはなかったかもしれません。
今となってはゴッホ作との鑑定が偽装でないことを
関係者になり代わりお祈り申し上げるばかりです。
ウッドワン美術館
http://www.woodone-museum.jp/
ゴッホの初期作、日本で発見 8日に競売
http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/
5685/newpage56.html
世界基準のものづくり/アートで地域文化に貢献
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/www/contents/
1174356651372/html/common/45ff48ad008.html
相次いで明らかになっています。
問題の発覚した企業の中に,
広島県の木質建材メーカー・ウッドワンもありました。
ウッドワンと聞いて,何か思い出しませんか?
そうです, 2003(平成15)年にゴッホの《農婦》を
シンワアートオークション主催のオークションで
6600万円で落札したウッドワン美術館の,ウッドワンです。
この絵は中川一政コレクションの中の一枚で,
ご遺族がオークションにかけた際
当初1万円程度とみられていたものが直前にゴッホと判明し,
話題になったものです。
とはいえ1950年ごろ大規模に加筆・修復されたため,
「オリジナルの特徴はほとんど失われており,
ゴッホ特有の筆致は,部分的にのみ認知できる状態」
とのことです。
(http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/
5685/newpage56.html)
この話を聞いたとき,「本気であれに6600万円??」と思いましたが,
全国紙やテレビが会社名と共に連日この話題を取り上げましたから,
宣伝費と考えれば高くはなかったかもしれません。
今となってはゴッホ作との鑑定が偽装でないことを
関係者になり代わりお祈り申し上げるばかりです。
ウッドワン美術館
http://www.woodone-museum.jp/
ゴッホの初期作、日本で発見 8日に競売
http://www.geocities.co.jp/Milano-Aoyama/
5685/newpage56.html
世界基準のものづくり/アートで地域文化に貢献
http://www.pref.hiroshima.lg.jp/www/contents/
1174356651372/html/common/45ff48ad008.html



