緑に癒されない日々。
花を育てれば咲かせたい。木を育てるなら立派にしたい。買うなら安く売るなら高くと人の欲は尽きなくて植物と向き合う業はかくも深い。
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土作りは罪作り3
できの良し悪しは別にして趣味で絵を書くとか,
陶芸をするとか,それはすべて楽しみのための苦労,
苦労のための苦労であって,
第三者的な評価を前提としない世界といえるでしょう。
園芸の世界でまことしやかにささやかれる
「技」の類は,多くの場合苦労のための苦労ではないか,
そんな気がします。
蓮を栽培する人にとって,苦労して土を練り,
準備をするというのは,
茶道のような,書道のような,
ある種の儀式的な作業であり,
作法なのかもしれません。
で,ずぼらなわたしは苦労して土を練るのは止めて,
来年から簡単黒土栽培に切り替えるかというと,
それもなかなかできないのです。
わたしは軸足をあくまで盆栽に置いています。
盆栽の世界の基本用土といえば赤玉土で,
黒土を鉢の中で使うことは絶対と言っていいほどありません。
例えば短期間に太らせたり樹勢を回復させるために
一時的に畑に下ろした盆栽を再び鉢上げする場合,
根の間に入り込んだ畑土は一掃します。
そんなこんなで,
粒状で肥料分がほとんど無く,褐色の赤土はきれいな土,
それと正反対の土は汚い土ということが
わたしの頭には理屈ぬきで刷り込まれてしまっています。
反対に,ハーブや野菜を育てる人にとっては,
ふかふかで肥沃な畑土は宝物で,
赤玉土など使い物にならない土かもしれません。
こういった人間の常識の狭間で,植物は揺れています。
ジャンルという蛸壷にはまって視野狭窄に陥っているのは
学問だけではなく,園芸も同様といえるでしょう。
閉じたジャンル内の常識から少しだけ自由になれば,
植物を栽培する事はもっと楽になるかもしれせん。
最後に,タイトルの「罪作り」に大した意味はありません。
語呂がいいと思っただけ。えへへ。
陶芸をするとか,それはすべて楽しみのための苦労,
苦労のための苦労であって,
第三者的な評価を前提としない世界といえるでしょう。
園芸の世界でまことしやかにささやかれる
「技」の類は,多くの場合苦労のための苦労ではないか,
そんな気がします。
蓮を栽培する人にとって,苦労して土を練り,
準備をするというのは,
茶道のような,書道のような,
ある種の儀式的な作業であり,
作法なのかもしれません。
で,ずぼらなわたしは苦労して土を練るのは止めて,
来年から簡単黒土栽培に切り替えるかというと,
それもなかなかできないのです。
わたしは軸足をあくまで盆栽に置いています。
盆栽の世界の基本用土といえば赤玉土で,
黒土を鉢の中で使うことは絶対と言っていいほどありません。
例えば短期間に太らせたり樹勢を回復させるために
一時的に畑に下ろした盆栽を再び鉢上げする場合,
根の間に入り込んだ畑土は一掃します。
そんなこんなで,
粒状で肥料分がほとんど無く,褐色の赤土はきれいな土,
それと正反対の土は汚い土ということが
わたしの頭には理屈ぬきで刷り込まれてしまっています。
反対に,ハーブや野菜を育てる人にとっては,
ふかふかで肥沃な畑土は宝物で,
赤玉土など使い物にならない土かもしれません。
こういった人間の常識の狭間で,植物は揺れています。
ジャンルという蛸壷にはまって視野狭窄に陥っているのは
学問だけではなく,園芸も同様といえるでしょう。
閉じたジャンル内の常識から少しだけ自由になれば,
植物を栽培する事はもっと楽になるかもしれせん。
最後に,タイトルの「罪作り」に大した意味はありません。
語呂がいいと思っただけ。えへへ。
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