緑に癒されない日々。
花を育てれば咲かせたい。木を育てるなら立派にしたい。買うなら安く売るなら高くと人の欲は尽きなくて植物と向き合う業はかくも深い。
盆栽中年,バジルで苦労する。
まともな盆栽の世界では,
ハーブを素材にすることはほとんどありません。
理由は姿にしまりがなく,観賞価値が低い物が多いからです。
例外はローズマリー,あとはせいぜいオレガノくらいでしょうか。
レモングラスも葉姿は美しいですが,
いかんせんススキと大差ないという問題があります。
だから「どんな植物も鉢に植えれば盆栽になる」
というのは半分正解で半分外れ。
自由な精神で何でも鉢に上げてみるのは良いことですが,
どう頑張っても観賞価値を見出せない物を育てて
喜んでいるのは,いつまでもセンスの無い服を着て
喜んでいるのと一緒で,
それを世間では「進歩がない」と呼びます。
そんなわけで写真のバジルは盆栽ではありません。
純粋に食用です。

が,バジルは難しい。
とりあえず花は咲かせないようにしていますが,
それでも葉が堅く,締まってしまい,
ふわっと軟らかく育ちません。
姿を引き締めることは盆栽としてはアリですが,
食用には向きません。
去年は赤玉土で育てたので
それがいけなかったのだと考えて
今年は粒状でない庭の土でトライしましたが,
結果は同じ。
いろいろ考えてたどり着いた結論は「肥料不足」。
今度はガツンと肥培してみようと思います。
ハーブを素材にすることはほとんどありません。
理由は姿にしまりがなく,観賞価値が低い物が多いからです。
例外はローズマリー,あとはせいぜいオレガノくらいでしょうか。
レモングラスも葉姿は美しいですが,
いかんせんススキと大差ないという問題があります。
だから「どんな植物も鉢に植えれば盆栽になる」
というのは半分正解で半分外れ。
自由な精神で何でも鉢に上げてみるのは良いことですが,
どう頑張っても観賞価値を見出せない物を育てて
喜んでいるのは,いつまでもセンスの無い服を着て
喜んでいるのと一緒で,
それを世間では「進歩がない」と呼びます。
そんなわけで写真のバジルは盆栽ではありません。
純粋に食用です。

が,バジルは難しい。
とりあえず花は咲かせないようにしていますが,
それでも葉が堅く,締まってしまい,
ふわっと軟らかく育ちません。
姿を引き締めることは盆栽としてはアリですが,
食用には向きません。
去年は赤玉土で育てたので
それがいけなかったのだと考えて
今年は粒状でない庭の土でトライしましたが,
結果は同じ。
いろいろ考えてたどり着いた結論は「肥料不足」。
今度はガツンと肥培してみようと思います。
コメント
はじめまして
No title
コメントありがとうございます。
雑木林や里山は,
盆栽に極めて近い存在であると思いますよ。
自然ではあるけれど,
実は人間がきちんと手を入れていて,
豊かな環境が保たれている。
人手が入らなくなった途端に荒れ果ててしまう。
だから植物をいじくり回すのではなくて,
都市部から失われた人と自然の幸せな結び付きを
回復する手段として盆栽を捉えたいなと思っています。
わたしの場合,盆栽といっても庭に生えている苗を
鉢に上げて楽しむ程度で,
自分の命があるうちに「観賞価値のある木」に
なるかどうかも分かりませんが,
最近は木を中心に虫や小動物が集まってくることの方が
なんだか楽しくなっています。
雑木林や里山は,
盆栽に極めて近い存在であると思いますよ。
自然ではあるけれど,
実は人間がきちんと手を入れていて,
豊かな環境が保たれている。
人手が入らなくなった途端に荒れ果ててしまう。
だから植物をいじくり回すのではなくて,
都市部から失われた人と自然の幸せな結び付きを
回復する手段として盆栽を捉えたいなと思っています。
わたしの場合,盆栽といっても庭に生えている苗を
鉢に上げて楽しむ程度で,
自分の命があるうちに「観賞価値のある木」に
なるかどうかも分かりませんが,
最近は木を中心に虫や小動物が集まってくることの方が
なんだか楽しくなっています。
コメントの投稿
トラックバック
| HOME |



ただ家の周りには鉢には植わってない自然の盆栽もどき?はたくさんあります。人はそれを雑木林とよぶのですが