緑に癒されない日々。
花を育てれば咲かせたい。木を育てるなら立派にしたい。買うなら安く売るなら高くと人の欲は尽きなくて植物と向き合う業はかくも深い。
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『庭と日本人』・その2
《前日のエントリーからのつづき》
わたしにとって特に興味深かったのは,
「江戸では鉢植えや盆栽が発展し,
植木が一大産業になった一方,
京都では町屋に茶室や露地を作ることが流行った」
という指摘である。
確かに日本文化におけるその重要な位置づけにも関わらず,
京都は盆栽不毛の地である。
(1月10日のエントリーをあわせて参照のこと)
もちろん京都にも盆栽業者はいるし,
恐れ多くも月刊『近代盆栽』を刊行する
近代出版の所在地は京都である。
しかし,植木や盆栽が地場産業として
京都に根付いているわけではない。
東京およびその近郊に,
桜の「染井吉野」にその名を残す染井(巣鴨〜駒込),
江戸の園芸の「補給基地」安行(川口市),
東京の盆栽師が関東大震災後に新天地を求めて作った
大宮盆栽村(さいたま市)がある事実とは
好対照である。
庭と日本人 (新潮新書 246)


《翌日のエントリーへつづく》
わたしにとって特に興味深かったのは,
「江戸では鉢植えや盆栽が発展し,
植木が一大産業になった一方,
京都では町屋に茶室や露地を作ることが流行った」
という指摘である。
確かに日本文化におけるその重要な位置づけにも関わらず,
京都は盆栽不毛の地である。
(1月10日のエントリーをあわせて参照のこと)
もちろん京都にも盆栽業者はいるし,
恐れ多くも月刊『近代盆栽』を刊行する
近代出版の所在地は京都である。
しかし,植木や盆栽が地場産業として
京都に根付いているわけではない。
東京およびその近郊に,
桜の「染井吉野」にその名を残す染井(巣鴨〜駒込),
江戸の園芸の「補給基地」安行(川口市),
東京の盆栽師が関東大震災後に新天地を求めて作った
大宮盆栽村(さいたま市)がある事実とは
好対照である。

《翌日のエントリーへつづく》
タグ : 盆栽
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